私は暗記することに悩んでいました
私は中学校2年生になるまで、勉強をまったくしていませんでした。
勉強など全然興味が無く、テスト結果など無関心、いつもクラスで最低の点数をとっていました。それでも気にならない生活を送っていました。
小学校6年生の時、担任の先生からこのようなことを言われました。
先生 「お前は、6年生の中で一番 成績が悪い」
私 「隣の1組の尾田(仮名)の方がもっと悪いから、僕はドベから2番だ」
尾田君は友人ですが、本当は彼の方がいつもテストの点が良かったのは知っています。成績については、どうでもいいのですが、言われたから言い返しただけでした。
中学生になり、1年生の終わりごろ、担任の先生からこのようなことを言われました。
先生 「お前はクラスで一番成績が悪い」
私 「・・・」
これはどう考えても明らかなことでしたので反論はありませんでした。当時、私の通う中学校は、市内で2番目に荒れた中学校と評価されていましたが、そのような学校のクラスでワースト1ということです。
勉強が出来ない、そしてしない、まさに落ちこぼれ中学生の代表といっても良いでしょう。
しかし2年生の夏になる頃、突然勉強を始めました。世の中には素晴らしい方がいるものです。私のような落ちこぼれに声をかけ勉強することを説得する先生が現れたのです。
その方の説得により、クラス最下位だった私が勉強に目覚め、勉強をすることで甦っていく自分を発見することになったのです。
特に数学は、やればやるほど夢中になってするようになりました。
そして他の教科も積極的に取り組みをするようになったのです。
そう語ると上昇気流にのったような感じがするかもしれません。
しかしその時、思いもよらない壁が立ち塞がったのです。
それは、記憶をする力です
英単語・社会・理科
暗記をするところでは、まったく勉強の成果があがらないのです。
時間をかけても覚えることができない英単語。
いくら仕組みを勉強しても単語を覚えなければ話になりません。
時間をかけても覚えることができない社会。
物事のつながりがわかっても、肝心のワードが出てこないのです。
国の名前・地域の特産・人物名・歴史的事件の名称・数字。
頭に入れて、書くことができなければ話にならないのです。
確かに暗記がすべてではないかもしれませんが、覚えるものを覚えなければテストにはまったく歯が立たないのです。
なぜ、覚えることが苦手なのか
その理由は、当時こう考えていました。
「小学校のときから、きちんと勉強をしてこなかったから、覚えるための力がつかなかったのだ」
暗記の力に限らず、勉強をする基礎の力は毎日の繰り返しで培われていきます。
生まれつきセンスが良く、わずかな努力で良い結果を出すことができる天才のような人もいますが、そうでなくても毎日の積み重ねで力をつけていくことができます。
しかし毎日どころか全然やっていない、宿題さえ小学校4年生から一度もやったことがありません。そのため覚える力がついていないのは当たり前のことといえます。
私はあせりました。
「もう間に合わない、いまからではもう遅い」
おそらく暗記の力は同級生の半分以下、いやもっと3分の1以下であろうと感じていたのです。
暗記する力をつけなければ、勉強の時間がすべて無駄になっていく。
中学校2年になってから、いままでまったく勉強してこなかったクラスで最下位の自分が中学校卒業までに少なくとも平均レベルまで自力でのし上がっていこうと、決めていたのです。
そのためには、すぐに暗記の力をつけることが必須の課題になったのです。
当時それは、高校受験のための勉強ではありませんでした。
いくら勉強しても成績が上がらない現実を知っていましたので高校進学など考えたこともなく、中学校を卒業したら就職をするつもりでした。だから卒業までに出来る限り勉強をしておこうと思っていたのです。
勉強をすることは、私を説得した恩師に応えることであり、そして自分自身への挑戦と考えていたのです。
だから卒業までに出来る限り勉強をしておこうと思っていたのです。
覚える力がない
落胆せざるを得ない事実。
それは、大きな壁となって目の前に現れていたのです。
突然訪れた光の衝撃
そんなある日、新聞の連載小説の欄を見ていました。
小説を読んでいたのではなく、挿絵を見ていたのです。
中学1年のときから新聞配達のアルバイトをしていましたので新聞は身近にありました。そして犬が好きでしたので、新聞の連載小説に小さな挿絵の犬が書かれているのを見つけて見ていたのです。
そして、何気なく記事に眼を移すと、その犬の言葉が飛び込んできました。
その犬の言葉を読んだときです。その言葉が光のようの頭の中を飛び交い、悩んでいた問題を一瞬にして解決するような衝撃を感じたのです。
確かに覚える力は無い、でも、もしかしたら、覚える力が無くても、記憶する力を持つことができるかもしれない。そう感じた瞬間でした。
覚える力が無くても、記憶する力を手に入れた瞬間
その後、犬の言葉にしたがって、ある練習をしてみました。
10個くらいの言葉を紙に書いて覚えられるかどうか試してみたのです。
いままでならばそれは30分もかかってしまうような取り組みです。
何回も読み直して、何回も紙に書いて、何回も思い出そうと努力して・・・
しかし、その練習では覚えるのに10分もかかりませんでした。
そして何度もやっているうちに、10個くらいなら3分ほどで覚えられるようになりました。
次に覚える数を増やしていきました。すると5分で覚えられる数が30個ほどになりました。
もっと覚えられるものは無いだろうか。
日曜日などを利用して半日、時には1日そういう取り組みをしていきました。 その方法に夢中になっていたのです。
覚える力は無い、しかし記憶することは得意だ。
この感覚わかりますでしょうか。
もし貴方が、物を覚えることが苦手ならば、この方法を使うことで、同じ感覚を持つことができます。
そして、同じ言葉を言うことになるでしょう。
記憶することは得意だ
この方法を手にした時、脳裏によぎったのは高校進学でした。
「高校にいく、そして大学までいってやる」
担任に高校進学のことを言うと、「お前に行ける高校は無い」
そうはっきり言われました。
しかし自信があったのです。
どこでもいいから受けさせて欲しい。
高校受験が終わったとき、高校の特別進学クラスに合格している私がいました。そして、高校1年の後期から卒業までクラスでトップの成績を取っていました。
そして大学を卒業後に就職した会社では、休日が3ヶ月に半日、終業時間が早くて0時、そして6時には会社に戻るという勤務の中、国家資格も含めた業務に必要な資格をすべて取得することができました。
それができたのは、資格を取るために学習するテキストをひと晩かふた晩で読破し、体に入れてしまうことが出来るこの方法があったからです。
テキストを読み終わったと同時に合格レベルまで知識を習得していました。
睡眠時間はなくなりますが、試験日直前に集中して行えば合格できたのです。
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